罹患率と有病率

概要

2020年、COVID-19(新型コロナウイルス)の感染は続き、PCR検査が毎日のように各都道府県で行われている。これに伴って検査の信頼性がときどき話題になることがある(もっと真面目に議論されてもいいと思うが)。偽陽性/偽陰性などについて、一度Bayes理論などによって自分でトレースしてみようとしたときに、有病率と罹患率の違いがあることがわかってきたので、一度まとめてみる。

有病率

有病率を簡単に言うと、ある時点において、人口に対して疾病にかかっている人の割合、ということになる。Prevalence rateまたは単にPrevelanceと呼ばれることも多い。

より正確には、有病率rPは以下のように定義される。

(1)    \begin{equation*} r_P = \frac{N_C}{N_R}} \end{equation*}

ここでNCはある時点における疾病者数(C: Contract)、NRは当該疾病のリスクを有する母集団の人数(R: Risk)。

とはいっても、当該疾病リスクを有する人を除外することはなかなか難しいので、対象とするエリアの人口を近似値として用いるのが一般的らしい。

また、ある時期と言っても疾病者数や人口の調査にはそれなりの時間がかかるため、ある期間に調査した結果を「いついつ時点」としたその時点で扱われるだろう。

有病率は0~1の実数だが、通常は対人口千人あたりとか10万人あたりで示されることが多いとのことである。

ここでPrevalenceという言葉は、流行するとか行き渡るといった意味であり、ある疾病がある時点でどれだけ広がっているか、というイメージになるだろう。

罹患率/発生率

罹患率を簡単に言うと、ある期間において対象とする疾病リスクを有する者が罹患する割合、ということになる。有病率はIncidence rateまたは単にIncidenceと言われることが多い。本来の意味で言うと「発生率」の方がより妥当で、実際にその用語も使われている。ちなみにincidentは出来事、incidenceは(望ましくない事象の)発生率・頻度という意味。

より正確には、罹患率rIは以下のように定義される。

(2)    \begin{equation*} r_I = \frac{N_I}{N_R}} \end{equation*}

ここでNIはある期間内に新たに罹患した人の数(I: Incidence)、NRは観察期間内に当該疾病のリスクを有する集団の延べ人数(R: Risk)。

分子の方は新たに罹患した人の数なので、観察期間より前から罹患している人は含まれない。

有病率と罹患率(発生率)

有病率はある時点tにおける罹患者の数を表し、罹患率はある期間Δtにおける新たな罹患者数を表す。いわば有病率は罹患者の関数値、罹患率は罹患者数の変化率のうち発生による増加率を表すことになる(時間で除していないので罹患が広がるスピードの概念は含まれていない)。

また、罹患率以外に疾病が治癒する人、疾病により死亡する人、観察エリア外に出て行ってしまう人はいずれも負の変化率に相当するが、これらを含めた(あるいはこれらを総括した「罹患減少率」のような)パラメーターはあまり登場しない。

したがって、この2つのデータだけを見ていると、罹患者数が増大しているのに有病率が変化しなかったり減少する場合がある。

なお、有病率にしても罹患率にしても一定の期間で捕捉しなければならないが、一つ違う点は、対象となる期間より前から罹患していた人は罹患率の場合分母・分子の両方から除かれるという点である。一般に中止するエリアの人口に比べてそのような人の数は少ないので、近似的には既罹患者の分だけ率が小さくなる。

(3)    \begin{align*} \lim_{N \rightarrow \infty} \frac{N_C - N_{Cprev}}{N - N_{Cprev}} = \lim_{N \rightarrow \infty} \frac{\dfrac{N_C - N_{Cprev}}{N}}{1 - \dfrac{N_{Cprev}}{N}} = \frac{N_C - N_{Cprev}}{N} \end{align*}

どういうときにどちらを使うか

以上の点を踏まえると、有病率と罹患率はそれぞれ次のような場合に有用と思われる。

有病率

その時点時点での、疾病への対策を検討する場合。たとえば、

  • 疾病に対する薬品を準備するのにどの程度の総量が必要か検討する場合
  • 地域や国などの対策重点度を判断する場合

罹患率

疾病の発生状況を重視する場合。たとえば、

  • 感染症などの拡大期に、その危険性を判断する場合の一つの指標として
    • ここで「一つの指標」としたのは、その他に有病期間、致死率など「単に罹っただけ」で騒ぐのではない判断要素も必要と考えたため。
  • 疾病に対する予防法の効果を検証する場合

PCR検査?

2020年9月時点、COVID-19(新型コロナウイルス)の発症は続いており、PCR検査に関する議論も喧しい。個別の陽性反応に対してどのように対処するかという議論と別に、そもそもPCR検査の偽陽性/偽陰性、陽性/陰性的中率を議論するときは、有病率と罹患率のどちらを使うのが適切だろうか。

まず罹患率の方を考えてみる。

各都道府県でPCR検査が毎日行われているが、陽性率とのセットで考えるなら、PCR検査の結果もリアルタイムに近い形で(少なくともそういう思想で)発生者の全容を捉えるべきだろう。ところがその数は日単位で悉皆の調査というレベルには程遠い(日本に限らずこれはどこの国もそうだ)。一か月程度で各都道府県の全人口の検査ができるなら月単位での罹患者増加状況は捉えられるが、それでも実現性には難があり、スピードが遅すぎる。まして一週間単位で(しかも毎週?)そのようなことをしようとするのも無理だ。したがって、PCR検査に対して罹患率の考えを適用するのは難しいだろう。考えてみれば、罹患率の場合は既発生者が除かれるのだから、ヒアリングか何かで期間前に罹患していた人を除外しなければ分母と分子で意味が違ってしまう。

となると、PCR検査でいろいろとデータをいじるのは、有病率を使って、ということになる。

「期間前の既発生者も除かない」ということと、検査で陽性/陰性になった人の状況からその時点での全容を推測する、という点から見れば、Bayes理論で条件付確率を計算するときなどに用いるのは有病率だろう。

まとめ

罹患率と有病率の区別は、医学・疫学の世界ではあたりまえとされていることが、あまり伝わっていない例の一つだ。違いを説明しようとするとやっかいだが、そういうことを明快に伝えて、受け取る側も腹に落とすことができれば一番いいのだが。

これはIT業界、建設業界でも同じで、説明に関する意識の問題(その前段の必要性を感じるかどうかの問題)であるとともに、門外の専門家や一般の多くの人の側が理解しようとする文化も大切かもしれない。技術・政策や危機管理に関するコミュニケーションの問題(発する側、受ける側のどちらも)に通ずると思う。

 

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